若者の〇〇依存、今は「SNS」、昔は「テレビ」!?

トレード雑記第692弾、
若者の〇〇依存、今は「SNS」、昔は「テレビ」!?
テレビ、新聞といったいわゆる「オールドメディア」による・・・、
SNS、インターネット批判が隆盛を極めている様子。
アイキャッチ画像は、
読売新聞オンラインの記事。
本文に特段の驚くべきところはなて、
SNSを中心とした生活に没入してしまっていることと、
それに関連して(家族間や詐欺など)トラブルも発生しているという内容。
ぶっちゃけ・・・、
この手の定型句「若者の〇〇依存」、
似たような表現で反対の用語だと「若者の〇〇離れ」なんかがあるけれど、
時代とともにそのときの流行り廃りがあっても、だいたい警鐘の内容や識者の見解はほぼ一緒。
ちなみに、
わたしが知る限りでも、
よく似た「〇〇依存」は定期的に問題視されているもので、
「ゲーム依存」「マンガ依存」というものが代表例だろうし、
「テレビ依存」という表現(「テレビ中毒」ともいうらしい)もあったりしたと思う。
昭和の時代だと、一家に一台のテレビがお茶の間・リビングにあって、
チャンネル争奪戦が家族のあいだで繰り広げられていた、なんて話も珍しくなかったし。
そのチャンネル争いで・・・、
「兄弟喧嘩」「親子喧嘩」が発生して、
それが起因して最悪のケースに発展したことも。
たとえば、視聴したいテレビが観られないという理由で、
相手(家族)を刺したとか、家に火をつけたとか、令和の時代では考えられない事件。
そのくらい「テレビ依存」は深刻だったったわけです。
とはいえ、
実際には一部の特殊な事例を一般化して、
不安や不満を煽り、大げさに表現していたこともまた周知の事実。
それが今では、かたちを変えて、
「SNS依存」となっている感覚。
わたし自身は、
依存症について茶化すつもりは一切なくて、
なんなら自分自身(決して若者ではない)に置き換えても、
SNSとかインターネット(Yahoo検索とかYoutube視聴とか)に頼っているわけで、
自覚がないだけで、傍から見たらわたしも依存症の範疇に入っているのかもしれません。
このあたりは、
一過性の「ハマり」はある程度は許容するとして、
結局のところ程度問題で、生活を狂わせるほどでなければいいのかなぁという考え。
こういう「ツール」そのものに対してもそうだし、
人間としての「1日24時間の使い方」についてもそう。
ほどほど、ちょうどいい塩梅が、とても大切。
といったところで、本日のブログは手仕舞い。