「棋譜」情報の権利は誰のものか!?
トレード雑記第372弾、
「棋譜」情報の権利は誰のものか!?
先週16日、将棋界を揺るがすレベルの判決が大阪地裁で出ました。
地裁の判決なので最終確定ではありませんが、
エポックメイキングとなり得る判決だと思われます。
原告は、将棋の棋譜情報を基に実況配信をするYouTuber
被告は、将棋中継をする「囲碁将棋チャンネル」
訴えの内容を簡略化すると、
アイキャッチ画像のとおりです。
一方で、放送事業者側は、
「ただ乗り」して配信することは権利侵害に相当するという主張でした。
そして判決は、原告勝訴。
「棋譜情報は公表された客観的事実で、自由利用の範囲に属する」
これまで、日本将棋連盟や、
タイトル戦を主催する新聞社などに棋譜の権利があるという考え方に基づいて、
棋譜使用料(に相当する費用)を支払って放送していた事業者、YouTuberなどと、
そういった支払いをせずに配信していたYouTuberの混在が物議を醸していたわけです。
今回の判決で、
棋譜使用料(のような費用)を支払う必要はない、
という裁判所の判断が下ったことになります。
この判決を受けて、
将棋連盟や新聞社、放送事業者側が、どう判断するか、
高裁に委ねられるかもしれないですし、この判決を持って一定の結論となるかもしれません。
そもそも棋譜とは、
「7六歩」「3四歩」「2六歩」・・・みたいなやつです。
上記の例に出した3手は、
アマチュアのわたしでも差したことがある手順で、
それ自体になんの価値もないと思います。
それでも中盤から終盤にかけてのトッププロである棋士の棋譜は、
見る人が見れば、美しさや迫力がありもの凄く価値のあるものです。
そのため、棋譜について、
「符号という事実の集積」と捉えるか、
「ある種の芸術作品」と捉えるかによって評価が分かれますが、
チェスなどではすでに前者の認識が確定しています(つまり著作権等はない)。
さて、将棋ではどうなの、
という曖昧だったところが今回の判決につながったわけです。
棋譜の扱いにおける歴史的経緯と現在の課題
現在の視点でみると、
棋譜自体に権利を主張するのは難しいとなるわけですが、
歴史的経緯を振り返ると、しっかりとした主張でもあります。
タイトル戦の主催者に新聞社が連ねていることとも関係しますが、
インターネットはおろかテレビもなかった時代において、
棋譜は「新聞紙上で」はじめて日の目を見る情報でした。
主催する新聞社が、実質的な「独占掲載権」を保有していました。
なんなら、そのことが新聞社が主催(≒スポンサー)する大きな理由です。
それが、現在では、
インターネットなどによるリアルタイム中継が一般的になりました。
もちろん、
放送事業者(原告の囲碁将棋チャンネルやABEMAなど)は、
放送権を購入してリアルタイム中継をしているわけです。
そして、棋譜がリアルタイムで公開される(≒流出する)ことになり、
どこにいてもリアルタイムで棋譜を盤上に並べることが可能になりました。
その棋譜情報を基に実況中継をするYouTuberが出現したことで、
トラブルになってしまった、という現在の課題が詰まった裁判です。
つまり、50年前には起こり得なかったような問題が、
デジタル技術の進化によって表面化したと言うことができます。
ちなみに実況中継系のYouTuberは、
サッカーや野球、麻雀でもたくさんいますが、
そこではほとんど問題視されていません。
なぜ、将棋でここまで問題視されているかと言うと、
ゲームの進行が遅いため、場面・局面が正確に再現できてしまうこと、
AIの活用により、実況・解説の高度で専門的な知識が代替可能なこと、
などが指摘されています。
現状の課題を考えると、
将棋連盟や新聞社、放送事業者の利益構造のあり方、
それら新聞の購買者、番組の視聴者など消費者の考え、
YouTuberなど実況中継をする人たちの気持ち、など、
それぞれの立場によって相容れない課題が山積しています。
今後どのような展開となるのか、
将棋ファンのひとりとして注目しています。
といったところで、本日のブログは手仕舞い。