将棋界における“美しさ”

トレード雑記第188弾、

 

将棋界における“美しさ”

先日2022年10月28日、将棋のA級順位戦4回戦、

永瀬拓矢王座と佐藤天彦九段の対局で前代未聞の決着劇となりました。

 

「マスク着用義務の臨時対局規定」違反による反則負け

 

ニュースを見た瞬間に、

あ、これは揉める・・・

 

と思いましたが、案の定といった感じでしょうか。

 

将棋界からも、さらにはSNSインフルエンサー系の著名人からも様々な声が。

 

ということで、この段階で状況を整理してみようと思います。

 

この段階とは、

対局結果に加えて、

日本将棋連盟の見解「順位戦における裁定について」(2022年10月31日)

佐藤天彦九段による「不服申立書」提出(2022年11月1日)

を踏まえた段階です。

 

なお、将棋連盟の見解は連盟ホームページに公開(上記リンク)、

佐藤天彦九段の文書は、ご本人名義のTwitterで公開されています。

(個人Twitterなのでリンク等は差し控えています)

 

今回のブログで整理する項目は、次の4点です。

 

1.ルール運用の是非

2.ルールそれ自体の是非

3.将棋界の美しさ

4.今後の展開(予想)

 

さっそくはじめます。

 

1.ルール運用の是非

ここでいうルールとは、

2022年1月に制定された「臨時対局規定」(適用は2022年2月1日から)のことです。

 

ちなみにアイキャッチ画像は、

インターネットで出回っている規定を定めた用紙を撮影したものです。

 

内容をざっくり書くと、

 

①対局中は、一時的な場合を除きマスクを着用しなければならない

②規定には反した場合は、「反則負け」とする

③反則負けの判定は立会人、もしくは立会人を代行する者がする

④判定に不服がある場合は(将棋連盟の)常務会に提訴できる

 

といった感じです。

 

今回の件は、

報道によると、

A級順位戦の対局中、佐藤天彦九段(以下、天彦九段)が、

一時的な場合ではない長時間にわたりマスクを着用していなかったことから、

永瀬王座が、関係者に指摘し、関係者から連絡を受けた将棋連盟理事の鈴木大介九段と、

鈴木九段から連絡を受けた将棋連盟会長の佐藤康光九段(以下、佐藤会長)で協議のうえ、

反則負け処分を鈴木理事より天彦九段に通達した、という流れのようです。

 

わたしの結論としては、

天彦九段の反則負けは致し方ない、というものです。

 

後述するように、

将棋連盟の臨時対局規定や運用体制の甘さはあるものの、

生中継されていた対局(映像は現在もYouTubeで視聴可能)でもあるので、

映像を確認のうえ反則負け処分というルールの運用は妥当である、という印象です。

 

もちろん、ひとりの将棋ファンの心情としては、

もっと他の対応はなかったのかなぁ・・・、とは思いますが・・・。

 

また、将棋とは何の関係もない一部の「マスクへの反対論者」などが、

ルール運用の是非を超えた批判をしているのは、見るに堪えないところがあります。

 

2.ルールそれ自体の是非

とはいえ、今後も継続してこのルールが適用されるのか、

そこはしっかりと議論が必要ではないかということについては、

関係者、ファンともに共通認識を持ったのではないでしょうか。

 

そういった事後の検討も始まると思いつつ、ルールそれ自体について、

①医学的視点、②心理的視点、③競技の視点、の3つの視点から考えます。

 

①医学的視点

臨時対局規定が「現状のコロナ禍に鑑み、~」から始まる「マスク着用」規定なので、

当然、医学的視点からの検討がなされるべきですが、

この点については素人にはわからないとしか言えません。

 

ですから、素人による「コロナにマスクは~」などは、

限りなく無意味な議論となりますので差し控えます。

 

なお、日本将棋連盟は「公益社団法人」なので、

一般企業の判断よりは政府基準に準ずるような規定となっている印象です。

 

②心理的視点

次は対局者の心理的視点です。

 

現実としてコロナに感染した棋士は存在(感染経路は不明)しており、

その際は公式対局の延期、イベントゲストや将棋教室などのキャンセルが発生しています。

 

対局は不戦敗ではなく延期措置が取られるわけですが、

その他の仕事についてはキャンセルせざるを得ません。

 

一部の人気棋士であれば、イベント依頼はひっきりなしだと思いますが、

そうではない、特に中堅以下の棋士にとってはキャンセルをしたことで、

次回以降もゲストとして呼んでもらえる保障はどこにもありません。

 

また、若い棋士にとっては、小さな子どもがいたり、

妻が妊娠中という人もいるわけで、仕事(≒対局)をするうえで、

コロナへの感染対策をより強く意識する棋士もいるはずです。

 

このように棋士一人ひとりの生活を考えた場合、

2022年2月以前の「マスク着用を推奨する」というレベルの内部規定で、

実際にはマスクをつけていてもいなくても問題ない(≒罰則規定なし)ところから、

「マスク着用義務」の規定ができた流れは、むしろ望まれる方向性だったと言えそうです。

 

③競技の視点

スポーツや格闘技だと、マスクを着用しているのと着用していないのとでは、

パフォーマンスに差が出ることは容易に想像できると思います。

 

一見すると、

将棋だとマスクの有無はパフォーマンスに影響ないように思われますが、

そこは「プロの対局」(順位戦の持ち時間は各6時間、10時開始で終局は23~24時が一般的)です。

 

一回の対局で3~5kgも体重が減ることもあると言われるくらい、

集中力を研ぎ澄まして、神経をすり減らす頭脳スポーツですから、

マスクの有無でパフォーマンスに影響が出てもおかしくありません。

 

また、診断書を提出するほどではないけれど、

人によっては敏感肌や眼鏡が曇るなどといったマスク着用への不満はありそうです。

 

今回の対局においては、

一方は義務を守って実質的に「不利な」対局を強いられており、

もう一方は義務を違反して実質的に「有利な」対局をしている、

ということでは、競技の視点として不公平となりそうです。

 

ルールそれ自体については、

附則にある「廃止時期」の検討、

その他見直しなどが行われるものと思われます。

 

とはいえ、ルール適用期間である10月28日の対局では、

ルールに則り、天彦九段の反則負けは妥当な裁定と感じます。

 

3.将棋界の美しさ

今回のブログをここまでの内容で終えると、

ただの経過解説と感想のみになってしまいます・・・。

 

そこでブログ後半では、

前回のブログ(強さの秘訣-「強い」「上手い」「美しい」の捉え方-)を活用して、

将棋界の美しさについて考えていきます。

 

①美しい棋士と美しくない棋士

今回の件がそれなりに反響が大きくなった理由としては、

「マスク着用」という社会的問題でインフルエンサーが拡散しやすかったこととともに、

A級順位戦(現役最強10名のリーグ戦、1位は名人に挑戦)という最高峰の舞台で発生したこと、

あわせて、対局者が永瀬拓矢王座と佐藤天彦九段だったということも影響していそうです。

 

少々無理やり感はあるのですが、

「強い」「上手い」「美しい」で分類すると、

永瀬王座は「美しくない」棋士の代表、

天彦九段は「美しい」棋士の代表だと言えそうです。

 

「強い」(=結果)の基準は、

現役タイトルホルダーと名人3期の九段ですから両者ともに申し分なし。

 

「上手い」(≒実力)の基準も、

現役最強が集う「A級」棋士ですから、こちらも言わずもがなです。

 

ただし、「美しい」の基準に関しては、

両者で決定的に異なると考えています。

 

天彦九段は、ときに奇抜とも思われる髪型やファッションなどから、

将棋界一のおしゃれな人として認識されており、あだ名は「貴族」です。

 

また、話題性もあって華がある棋士としてエピソードには事欠きません。

 

先日のブログで紹介したプロ編入試験の試験官を務めたアマチュア(奨励会三段)が、

今回のマスク着用規定違反で反則負けとなった天彦九段その人です。

 

そして、名人のときにAI(コンピュータ)と公開対局した唯一の棋士で、

そのAIに敗北した唯一の名人でもあります。

 

その後、将棋界は「人間vsAI」といった対立構図から、

「AIを将棋研究に取り入れた棋士同士の対局」へと急速にシフトチェンジしました。

 

そこにきて、今回のマスク着用義務違反での反則負け、

良くも悪くも派手なエピソードに追加されることになりそうです。

 

一方の永瀬王座は、

「強い」「上手い」けど「美しくない」棋士の代表だと思われます。

(永瀬王座が嫌いなわけではありません、あくまでも天彦九段との対比)

 

そのストイックに勝利を追求する姿勢から、付いたあだ名は「軍曹」

 

千日手(≒引き分け指し直し)もお構いなしで、

少々不利な展開でも勝つためには諦めずに食らいついていく泥臭い将棋

 

タイトル戦では、ルール上は問題ないけれど和服着用が恒例なのに、

将棋連盟やタイトル戦の主催者・スポンサーの了承があるとはいえ、

スーツを着用して対局する姿勢を一貫して崩さない頑固(?)な棋士。

 

と、まあ、こんな感じで、

イメージとしては勝利至上主義を地で行く棋士が永瀬王座。

 

だから、反則を指摘したのが永瀬王座というところも「らしい」感じがするわけですが、

あまり将棋を知らない(なかには臨時対局規定の内容も知らないような)人にとっては、

「マスク指摘で反則勝ち」は良い印象を持たれないタイプであることは想像に難くない。

 

今回の件は「貴族vs軍曹」という美しい棋士と美しくない棋士の対局だったわけで、

いずれもファンが多い人気棋士(そして両者ともアンチも多い方だと思う)ですから、

その内容だけではなくて、その人柄とかイメージも含めて話題となっているという感じ。

 

②最も美しくないのは・・・

そして、最も美しくないのは、残念ながら日本将棋連盟。

 

臨時対局規定や運用体制の甘さ(立会人不在など)、

慌てて連盟理事や会長が協議するドタバタぶり・・・。

 

悲しいですね。

 

今回の件に関してはブログ冒頭のリンクでいくつかの改善点を提示していますが、

いずれも対症療法的な内容ですから、本質的な改善策ではないように感じます。

 

方向性として、問題が発生した場合の対応の厳正化も大切ですが、

問題が発生しないような事前予防の改善策もあって良いように感じました。

 

たとえば、

記録係(≒奨励会員である中学生・高校生の修行兼アルバイト)に、

マスク着用のリマインドを時報感覚で「声掛け」を依頼をしてもいいのではないでしょうか。

 

将棋に詳しくない人からは、「事前に記録係が注意をすべき」といった意見もありましたが、

記録係にそのような権限や責任を押し付けるのは、極めて酷な話だと感じます。

 

それでも、秒読みなどの声掛け、

「〇〇先生、残り時間〇時間です。」

「30秒・・・、40秒・・・、50秒、1、2、3、・・・、〇〇先生残り〇分です。」など、

従来からされていますし、そのタイミングも対局者が記録係と調整して変更が可能です。

 

であれば、

対局者2名と記録係の計3名の合意が前提ではあるものの、

11時、14時、20時など合意した時間にマスクについてのリマインド、

「マスク着用を心がけてください」みたいな声掛けは可能だと思います。

 

すぐにでも実現可能(だと思う)ですし、

追加コストもほとんどかからないはずです。

 

そしてコロナ対策としても、

違反防止策としても理解されやすいように感じます。

 

今回の件で必要以上にマスクに注目が集まってしまうと、

飲み物を飲む行為ですらも憚られるかもしれませんし、

棋士のなかには不安に感じている人もいるはずですから、

記録係による声掛け(注意ではなくあくまでも声掛け)は、

対局者にとっても安心材料になるように思われるのですが・・・。

 

罰を与えることが目的ではなくて、

安心して将棋を指せる環境をつくることが目的なのだから。

 

将棋連盟の方向性が、

なんとなくズレている気がするのが残念でしかない。

 

いずれにしても、

今後の連盟運営のあり方について、

大きく再編されることになるかもしれません。

 

4.今後の展開(予想)

11月1日付で提出された天彦九段の「不服申立書」を読むと、

事実説明と意見に法律論を交えた非常に「美しい」文書という感想を持ちました。

 

このあたりの対応の丁寧さもまた、天彦九段が美しい棋士の代表と表現できる印象です。

 

さて、内容を簡潔に書くと・・・、

 

俺はそんなに悪くない!

悪いのはルールの方だ!

 

という主張だと思います。

 

そういう意味では、内容についても清々しいくらいに美しい文書です。

 

そのうえで、

①反則負け判定の取り消し

②対局のやり直し

③臨時対局規定の適用基準の明確化、規定の趣旨に反するルールの修正

④臨時対局規定の改廃時期・条件の明確化

の4点を申し立てています。

 

わたしは法律の専門家ではありませんし、裁定者でもない一将棋ファンですが、

残念ながら「文章の美しさとは反比例して無理のある主張」だと感じます。

 

おそらく③と④の大部分は、

天彦九段の提訴の有無に関わらず再考されるはずですから、

そういう観点からは③と④は通りそうです。

 

ただし、主要な要求である①と②は、率直に難しいだろうなぁ・・・と。

 

今後の推移を見守るよりほかにありませんが、

なんとなくですが、①と②は覆らないけれど、

③と④について将棋連盟を大きく動かしたというところで、

天彦九段、将棋連盟いずれの顔も立てつつ痛み分け(?)となりそうです。

 

そうなりそう(①②が覆らなさそう)と考える理由は、

将棋連盟と天彦九段の文書にある「とある表記」の違いからです。

 

それは、マスク未着用の時間。

 

天彦九段の文書では「ある一定の時間(合計約1時間に亘り)」

将棋連盟の文書では「約30分にわたるマスクの未着用を2回行った」

 

1分×60回でも5分×12回でも、時間を合計すると1時間になるわけですが、

30分×2回の未着用というのは、故意か失念・過失かという論点に関わってきそうです。

 

仮に60分ずっと未着用で、その1回だけであれば、失念で過失の割合は低いと捉えられても、

2回(≒一度は付け直しておきながらもう一回)というのは過失の割合は高くなりそうです。

 

さらに厳し目に書けば、

失念・過失なんだから注意で済ませろ、注意してくれたら着け直す、という主張も微妙ですし、

下手をすると2回目のマスク未着用は故意であると認定される可能性もありそうです。

 

今回は生中継されていた対局での出来事であり、

中継映像を確認した上で印象論ではなく事実として数字を提示している将棋連盟の裁定が、

覆ることは・・・、よほどのことがない限りありえないと思われます。

 

おまけ-指摘して議論、指摘しなくても議論

先日の麻雀界で起きた瀬戸熊直樹プロの誤ツモ疑惑は、

他3名の対局者はスルー、立会人もスルーした状況で、

対局終了後に視聴していたファンからの声(≒実質クレーム)によって、

場外バトルに発展したうえで瀬戸熊プロに後日ペナルティが科せられる流れになりました。

 

これはこれで後味の悪い結末を迎えたので、

対局中に指摘をした永瀬王座には何も問題がないように思います。

 

天彦九段も不服申立書において、永瀬王座に謝罪をしていますし、

Twitterでは永瀬王座個人に対して異議申立をするものではないと明言されています。

 

むしろルールに則って指摘をした姿勢は称賛されこそすれ・・・、

なのですが、前述したとおり「美しくない」永瀬王座だからこそ、

みたいな感じの批判コメントも一部から出ているのは悲しいですね。

 

そして、今後の展開ですが、

天彦九段の提訴を受けて将棋連盟常務会の裁定がおこなわれる流れです。

 

天彦九段の文書からは、

感情論ではなく法律論での規定適用の解釈を要求している状況なので、

裁定までは今しばらく時間がかかりそうです。

 

また、裁定結果によってはさらに次の議論となるかもしれませんが、

より良い方向性で決着がつくことを祈りつつ見守りたいと思います。

 

といったところで、本日のブログは手仕舞い。

 


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